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東京地方裁判所 昭和51年(特わ)3652号 判決

主文

被告人を懲役一年および罰金一八〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都東村山市において、清掃・廃棄物処理業を営むかたわら「花笠」なる屋号で大衆酒場等を経営していたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上を除外して簿外預金を設定するなどの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和四八年分の実際総所得金額が七八、六五〇、八一〇円あつたのにかかわらず、昭和四九年三月一五日、所轄税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が一二、二六九、九三八円でこれに対する所得税額が四、一〇八、二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額四六、二九〇、〇〇〇円と右申告税額との差額四二、一八一、八〇〇円を免れ

第二  昭和四九年分の実際総所得金額が七七、七八四、三七四円あつたのにかかわらず、昭和五〇年三月一五日、前記税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が一二、八五〇、三九〇円でこれに対する所得税額が三、七四八、四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額四四、二一五、九〇〇円と右申告税額との差額四〇、四六七、五〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(昭和四九年度分事業主勘定のうち教育費とされた金額中の民謡の月謝四八〇、〇〇〇円についての当裁判所の判断)

検察官は、事業主勘定のうち、昭和四九年分教育費として民謡の月謝年間四八〇、〇〇〇円を資産勘定に計上して主張しているが、被告人は当時、民謡酒場を事業として経営しており、被告人は当公判廷において、民謡は家内や従業員が民謡酒場を始めてから習い初めたもので、同人等はいずれも店に出て客の求めがあれば、それに応じて歌つている旨供述し、業務上の必要経費として支出したともとれる供述があるが、これに対し、検察官は、右民謡の月謝については、被告人の妻は同店のレジ係をするようになつてから好きになり習うようになつたこと、他の従業員の仕事も接客が主であつて、民謡を歌うことは単に附随的なものであり、業務に必要なものではない旨主張するので、この点につき当裁判所の判断を示すこととする。

(一)  教育費の証拠として収税官吏作成の「事業主勘定調査書」によれば、6教育費のうち昭和四九年分につき民謡の月謝月四〇、〇〇〇円の一年分計四八〇、〇〇〇円が記載されており、その理由として「けん疑者の妻は『昭和四九年から民謡を習い始めこの月謝が月額二〇、〇〇〇円、民謡酒場おけさの従業員も民謡を習つており、この補助が月額二〇、〇〇〇円かかる。この補助をしているのは月額六〇、〇〇〇円にならないと民謡の先生がきてくれないからである』と供述しているため、民謡酒場おけさの従業員に補助している月二〇、〇〇〇円も、けん疑者の妻が民謡を習うためのものであると認められたため個人的な支出と認めた」とあり、検察官の主張にそうかの如き記載のあること、また、同女の収税官吏に対する質問てん末書には、ほぼ右にそう記載が認められる。

しかしながら、被告人の当公判廷における供述によれば、飲食店花笠は民謡酒場として客が歌つたり、従業員や妻も客から指名されると客の前で歌うものであり、妻は以前は好きではなかつたが、民謡酒場を始めるようになつてから、習うようになつたこと、従業員に対しても民謡を習わせたのは、店の女の子が歌えないのではということで習わせたものであること、現在は同酒場も法人組織にかえ妻が代表者となつていることが認められる。また、同女の検察事務官に対する供述調書によつても、同女や従業員も民謡酒場で顧客から頼まれて歌うことから民謡を習うようになつたことが認められる。

右の事実からすれば、民謡を習うために支出した金員は、専ら民謡酒場にくる顧客との応待の必要から民謡の知識を得させるため、その営業に従事する使用人や家族専従者に習わせたものであり、そのことは被告人の経営する民謡酒場の営業の収入を得るため事業遂行上直接に要した費用の額と認めるのが相当である。

けだし、民謡がそれ自体個人的な趣味、娯楽性をもつものであるとしても、民謡に習熟するために支出したことが民謡酒場という事業の業務と関連性をもちもつぱら業務の遂行上の必要性にもとずくと認められる限り、所得税法上、通常かつ一般的に必要とされる経費と認めるのが相当である。

(二)  因に、被告人は当公判廷において民謡の金は誰が出したのかの問に対し「私あるいは妻が支払つております」と供述している。

妻の収税官吏に対する質問てん末書、検察官、検察事務官に対する供述調書によれば、同女は、民謡の月謝は私の方で支払つているという事実を供述していること、また、昭和四九年には被告人から小遣銭として年三六万円の支給を受けていること、昭和四九年の途中から民謡酒場を法人組織にして同女が代表者取締役となり一ケ月二五万円の報酬を得ていることの各事実が認められる。

右の事実を総合すれば、同女自身の所持金で民謡の月謝を支出していたと推認することもできる。

(三)  しかして右四八〇、〇〇〇円相当額については、他に事業以外に費消し処分された事実は、本件全立証によるも認められないので、右金額については、事業主勘定から控除すべきが相当であると認め、資産勘定として認めないこととした。

(資産勘定のうち営業権一、八四〇、〇〇〇円の性格について)

検察官は、被告人が洋品店を昭和四八年四月二八日に取得した際営業権として二、三〇〇、〇〇〇円を支払つているので、償却率1/5の四六〇、〇〇〇円を当年分償却額として右金額から控除した残額一、八四〇、〇〇〇円を資産勘定に計上したと主張する。

関与税理士作成の昭和五一年五月三一日付申述書によれば、「洋品店の営業権について」として「四八年四月二八日店を買取るため三、〇〇〇、〇〇〇円を支払いましたが、これはたな卸商品七〇〇、〇〇〇円、営業権二、三〇〇、〇〇〇円を取得するためです。取得後休業して四八年六月営業を始めました」との一応検察官の主張にそうかの如き記載は認められる。

しかしながら被告人の当公判廷における供述によれば、右金額の支払につき、洋裁店の建物(店舗五坪)の賃借権を譲受けたものであること、これ迄この店の営業状態は赤字であつたこと、現在何も営業していないこと、右建物の権利金は四〜五〇〇万円の相場をしていること、たな卸商品は七〇万円程であつたこと、家主に対し賃借料を支払つているが、承諾を得て他人に売却が見込まれることの事実を認めることができる。

右の事実からすれば、本件二、三〇〇、〇〇〇円は店舗の賃借権という権利金の譲受けの対価として支出したものと認めるのが相当である。

ところで、税法上の営業権とは、当該企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を総合した、他の企業を上回る企業収益を稼得することができる無形の財産的価値を有する事実関係であると解すべきである(最高裁昭和五一年七月一三日第三小法廷判決、裁判集(民事)一一八号二六七頁参照)。

しかるに、右店舗において行なわれた事実は、洋裁店であつて、長年赤字経営であり、そこに特別の製造技術もうかがわれず、企業の独占的支配権能をもつとも認められず、従つて、取引の対象となりうる財産的価値あるものとは、とうてい認められないものである。そうであるから、それは営業権ではなく、店舗を賃借するための賃借権であると認めるのが相当である。

それは、税法上は「資産を賃借し又は、使用するために支出する権利金」として支出されたものであるから、所得税法上繰延資産(所得税法二条一項二〇号、令七条一項四号ロ)に当ると解するのが相当である。

しかして繰延資産の償却については所得税法施行令一三七条第一項二号により検察官の計算した1/5宛の償却率を相当と認めることとした。

(法令の適用)

いずれも所得税法二三八条(いずれも懲役刑および罰金刑併科)。刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(判示第一の罪の刑に加重)、四八条二項。同法一八条。懲役刑につき同法二五条一項。

よつて主文のとおり判決する。

(松澤智)

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